★低価格万年筆・その2 − 03/06/11


前回からだいぶ時間が経ってしまいました。めげずに、引き続き「低価格万年筆」をご紹介します。今回は予算の幅を少し広げて、1万円以内で買える万年筆を取り上げます。

誰が言ったか忘れましたが、「1万円のペンをどんなに調整しても3万円のペンにはかなわない」という至言があります。 たしかにそのとおりだと思います。数少ない手持ちの高級万年筆の書き味は、金額に見合っていると断言せざるを得ません。

しかし、1000円の万年筆で3万円の書き味が実感できたら……。

そこで登場するのが、ドイツ・ペリカン社の「Pelikano junior」です。「ジュニア」とついていることから察せられるとおり、これは「子供用万年筆」。前回触れたラミー社の「サファリ」と同様、ペンの正しい持ち方ができるようなグリップ構造になっている。欧米諸国では、日本の「書道」に相当する授業が「ペン字」なのですね。そのペン字の時間に子供たちが使う万年筆として製作されているペンの一つが「ペリカーノ・ジュニア」というわけです。
ふ〜ん、子供用か……と私はタカをくくっておりました。ただ、ペリカンのペンだという点が非常に気になり、国内で独占(先行)販売をしている伊東屋に行ってみました。高級万年筆と違い、店頭で大量展示販売しています。自由に試し書きできるようになっています。もちろん、勝手に試してみました。

「ちょっと待て、なんだこのペンは……」

子供用の万年筆からこんな書き味が生まれるとは、俄かには信じられませんでした。
鉄ペンとは思えないニブの柔らかさ。滑らかなポイント。ほど良いインク・フロー。
愛用するペリカンM600に迫る快感が指先から前身に伝わってきます。
正直言って、ショックでした。

「1200円でこんなにフワフワのペンがあるなら、誰が好き好んで何万円も出すものか……」

万年筆を含めた高級筆記具というのは機能性だけが秀でていれば良いというものではありません。装飾の美しさ、職人技の粋。所有する悦びと集める楽しさ/充実感があるからこそ、人は万年筆に数万円・数十万円の大枚をはたくのですね。
そういう意味では「ペリカーノ・ジュニア」には、所有する悦びは少ないかもしれない。クリップが付いてないから外出の際には筆入れが必要だ。クリップ付きの「フューチャー」もあるけど(書き味はジュニアとまったく一緒)、さすがにあれをポケットにさす気にはなれない……。
1200円の書き味に混乱したアタマであれこれ考えて、その日は試し書きをしただけで帰ってきました。

でも、考えてみれば1200円ぽっちです。しかもあの柔らかいニブの感触。
試し書きをした新宿店で買うのは何となく気が引けて、数週間後に渋谷東急東横店の伊東屋へ出かけました。

こうして写真撮影して画像を貼れたのも、伊東屋で「恥を忍んで」子供用のペンを買ったからです。なぜ恥ずかしく感じたのかは謎ですが……。もしかしたら「1200円のペンでこんなに書きやすいという事実を認めたくない」という下卑た自尊心があったのかもしれない。「低価格万年筆のすすめ」なんていうムダな文章を連ねているクセにね……!
軸の色は青・赤・緑・黄とあり、迷わず青を購入。今では「恥を忍んで」いたおのれが恥ずかしいので、そのうち赤と黄も買おうかと思っています。伊東屋で1200円の万年筆を買うことがゼンゼン恥ずかしくない証として。

冗談はともかく、これはホントに書きやすくておすすめのペンです。毎日使っても飽きない。気軽に楽しく書ける万年筆、という点では右に出るモノがないかもしれない。安いペンは引っかかって書きづらい、という先入観をお持ちのかたはぜひお試しください。びっくりされることと思います。こんなペンで「書き方」の授業が受けられるドイツの子供たちは幸せですね。願わくは、一般の文具店・百貨店でも扱うようになるといいのだけれど。

あと、画像に写っているもう1本のペンはペリカンのM200です。標準価格1万円ですが普通はアメ横や通販で値引きしているものを求めるでしょうから、ギリギリ今回の予算内ということで一緒におすすめしておきます。ペン先は鉄に金メッキで、ペリカンらしく柔らかめ。インクは吸入式なので「本物の万年筆を買った」という気分にさせてくれます。携帯にちょうどよい短めの軸。私の持っているのは透明軸で、色は「無煙炭」。青い透明軸のものが美しく、そのうち手に入れたい。

1200円で大騒ぎしたあとにこれを持ってくるのは……。
次に登場するのは、ご存知(?)MUJIこと無印良品のアルミ丸軸万年筆、1100円です。

2本写っているのは新旧の型違い。
首部の黒いものはもう10年近く使用しているペンで、イリジウムが磨り減ったため自分でペン先を交換してあります。
全身アルミでできているほうは最近のモデル。

どちらも書きやすくて気に入っているのですが、古い型のほうが私の手には馴染んでいる。画像ではよく判らないかもしれませんが、古いほうは軸がスベスベ。新しいほうはマット仕上げになっており、グリップ部分に滑り止めのヤスリ加工が施してあります。 私は軸の中央からうしろ寄りを握って書く癖があるので、
新しいほうは逆に滑ってしまうんです。古いほうは黒い樹脂とアルミ軸とのつなぎ部分が指先にちょうど当たり、ぴったりと落ち着きます。10年近く前のペン、しかもたった1100円のペンにわざわざ新しいペン先を付け替えて使い続けている理由も、そこにあります。モデル・チェンジしないでくれれば単純に新品を1本買えばそれで済んだのに……。とはいえ、おかげで新旧2本の違いが楽しめて、これはこれで良かったのかも。
もちろん、インクは別々の色を入れています。
旧品にはワテルマン(WATERMANのフランス読み)のヴィオレット(菫色)を、新型には同じくワテルマンのブルーを。インク自体のフローが良いため、すこぶる快適に筆記できますよ。

仕様に関して少し書いておくと、新旧両方ともカートリッジはヨーロッパ標準タイプが使えます。ペリカン、モンブラン、ロットリングなど。コンヴァータは新旧ともにペリカン適合。実際に私はペリカンのコンヴァータで使用してます。新型にはロットリングも使えるそうです。これは「2ちゃんねる」の情報……。試しに、新しいほうに手持ちのワテルマンを装填しようとしたけれどダメでした。余談ですが、アメ横でロットリングのコンヴァータ買おうと思ったら、品切れだった。ある店では「ロットリング……??そういう特殊なメーカーのものは問屋さんに直接聞いたほうがいいわよ」だって。その店のウェブ・サイトにはちゃんと取り扱い品目の中にロットリングと記載されているのに……。いつも女性2人がいる、かなり有名なお店ですけど……。悲しい……。

それと、このMUJI万年筆のペン先はドイツ・シュミット製のようです。社名刻印はありませんが、その他の刻印とデザインはシュミットの鉄製ペン先と同一です。
実は旧品のほうがニブの幅が少し狭かった。彎曲がキツかったようで、新しいニブのほうが書きやすいと感じます。逆の意見の人もいるようなので、あくまでも個人的な感触ですが。

ともあれ、1100円でこれだけ書きやすければお買い得です。何本か買って、ロットリングの様々な色のカートリッジを入れて手軽に楽しむ、というのがよろしいんじゃないでしょうか。問題は、扱っている無印の店舗が少ないことですね。最近見かけたのは、渋谷西武百貨店の地下のみでした。


日本の万年筆3大メーカーといえば、パイロット(ナミキ)、セーラー、プラチナです。その中でもコアなファンに支えられているのがプラチナ
(PLATINUM)でしょう。
1978年発表の、梅田晴夫デザインによる「THE万年筆#3776」は日本人にとって理想的なバランスの逸品と言われています。モンブラン社の真似をして、日本一高い富士山の標高を名づけてあることからも自信のほどがうかがえる。
しかし、3大メーカーの中では一番ペン先が硬い=日本の愛好家は柔らかい書き味を好む人が多いためプラチナは敬遠、というのも事実のようです。
私自身、プラチナのペンは硬くて書きにくいのかな、という漠然とした先入観しかありませんでした。
このペンを知るまでは。

ここに取り上げるのは、プラチナ万年筆の中ではおそらく最も低価格の製品、ニブがステンレス・スチールならボディもステンレス・スチールの「Workhorse」。標準価格3000円です。

日本語にすると「馬車馬」と名づけられた働き者のペンを眼にしたのはまったくの偶然で、高島屋の万年筆売場でした。高級筆記具に混じってカウンターの上に「5割引」と書かれたトレイがあり、その中に1本だけ、気になる万年筆がありました。金属製のボディに瑠璃色の首/尾部。値段のステッカーには「3000円」とある。ってことは、1500円?! 店員さんに確認すると、そのとおり1500円+消費税です、との返答。さっそく試し書きさせてもらうと、「ペン先が硬い」というプラチナの評判を覆すしなやかさ。滑らかな書き味。これだけ柔らかい鉄ペンも珍しいほど。もしかして、硬いペン先というのは金ペンのことで鉄ペンはそうではないのかもしれない……。

「軸の色とペン先の太さはこれだけですか?」「そうです、中細のみになります」「じゃ、これ、いただいていきます」「新しいものをお出ししますので……こちらも試されますか?」「はい、お願いします……」

「サービス・インクは付きますか?」「はい、カートリッジが一つ付きます」「色はブルーでしょうか」「プラチナはブルーがないので、ブルー・ブラックかブラックになります」「じゃあ、コンヴァータはありますか?」 「ございます。500円になります」 「それでは、コンヴァータも一緒にお願いします」「そうしますとお会計は……消費税入れて2100円になります」

こうして破格値で手に入れた「Workhorse」にはペリカンのインク、ケーニヒスブラウ(ロイヤルブルー)を呑ませて使用しています。「中細」にしては細く、「極細」と「細字」の中間くらいなので主に手帳用。
漢字を書いたときに「とめ」「はね」「はらい」の筆跡が美しく見える点はさすがです。ペリカンの薄いインクが色ムラを際立たせ、いっそう綺麗に感じられる。はっきり申してプラチナ万年筆、見直しました。日本語の筆記には日本製の万年筆が最適、ということかもしれません。
ただし、「型落ち」のため安く購入できた=現行商品ではないということなので、見かけたらお早目に。

日本製万年筆として次に登場するのが、大阪が誇る手作りセルロイド軸の「カトウ セイサクショ カンパニー
(加藤製作所カンパニー)」。2003年になってから、セーラー万年筆の14金ペン先をつけた究極のペンを発売しました。セルロイド軸に柔らかいセーラーのニブ、ということで愛好家の注目を浴びていますが、そちらは
17000円なので私は未入手です。代わりに従来から作っている鉄ペン、7500円のものをご紹介します。

セルロイドという素材は、ギタリストにとって身近なものです。ギターのピックに使われており、あの特有の匂いが好きだ、という人も少なくないことでしょう。
このペンを手に入れて私が最初にしたことは、実は匂いを嗅ぐことでした。胴軸とキャップの表面は入念に磨かれているので匂いません。キャップの内側にネジが切ってある部分を嗅ぐと、懐かしいようなセルロイドの香りがします。
セルロイドのピックが弾きやすいのは材質が人間の肌と馴染むからでしょう。同様にセルロイド製の万年筆も、握ったとき肌にぴったり決まります。

カラフルな素材を作れるのもセルロイドの特色で、私が求めたマーブル系のほかにも緑ストライプやパール系など様々な柄があります。ほんとうは茶柳という柄が欲しかったのですが、東急ハンズにはあいにく置いてありませんでした。
たしかな情報ではありませんが、マーブル系はイタリヤのマッケリ、ストライプ系は日本の大セルが製造したセルロイド素材のようです。そのセルロイドの美しさをより多く鑑賞したいかたは、吸入式ではなくカートリッジ/コンヴァータ両用式のほうがいいかもしれません。ここに掲載した画像は「800F」という吸入式の万年筆で、首部と胴部の間に透明な素材が使われています。ペリカンのズーヴェレーンやモンブランのマイスターシュテュックと同様、インク残量が見えるようになっているわけです。その分美しいセルロイド部分が少ないともいえるので、私のような「吸入式至上主義」でないかたは「800F(14金ペンは800K)」以外の万年筆をお求めください。

吸入式であるということのほかに私が「800F」を選択した理由は、デザインです。万年筆に詳しいかたならすでにお判りのことと思いますが、このペンは1920〜30年代(昭和初期)のパーカー「デュオフォールド」に酷似しています。黒い天冠、球がついたクリップ、2本のキャップ・バンド、黒い尾部。ある意味で完成された万年筆の形といえます。実は私、近年の矢印クリップがどうしても好きになれず、もしパーカーを買うならアンティーク・デュオフォールドしか選択がない。しかし高くて手が出ないし骨董趣味もないので、デザインだけは最高に気に入っているデュオフォールドの代わりに加藤製作所カンパニーに目をつけた。この値段でセルロイド軸の万年筆は、ほかにありませんから。
その上、これを作っておられる加藤清さんはあと数年で引退されるとのこと。1926年生まれの氏が80歳を機に身を引く、というのは業界では有名な話らしい。セルロイドという素材は狂いが生じやすく、1年間ほど寝かせて乾燥させてからやっと加工できるものだそうです。それをグラインダで丹念に削っていく。手先が器用で真面目な日本人ならではの職人技なのですが、賃金は思いのほか安いらしい。そんな仕事を自分の子供にはさせたくないから、ということで加藤さんには後継者がいない。ヘンな言い方ですけど、買うなら今のうちだな、という姑息な考えが私の頭の中にあったのも事実です。
でも、こうやって削られたセルロイドは100年は変質しないといわれているので、私の死後もこの万年筆は生き続けるのですねぇ……。

こちらはブルー・マーブルの軸。
画像は、ほぼ原寸大にしてあります(右・下とも)。


↑筆記時にキャップを尾部にはめると、手にちょうどよい長さ。日本人には、このサイズが最適なのではないで
しょうか。


ところで肝腎の書き味は、日本語を書くのに向いていると感じます。「800F」には特製の国産ペン先・中字用(M)がつけられています。ごく一般的な「M」で、ペリカンの「F」に相当する太さ。やや硬めですが適度にしなり、漢字が綺麗に見えます。ペン芯の構造が良いのでしょう、インク・フローは抜群です。「800F」より一回り小さい「780F」「580F」にはドイツ・シュミットのニブが付いています。無印のペン先と同型で、金色仕上げになっている。やわらか〜い書き味でセルロイド万年筆が欲しければ、やはりセーラーの14金ニブをつけたペンのほうがよろしいでしょうね。……なんて書いてたら、17000円の金ペンが欲しくなってきた!!

最後に取り上げるのは、フランス・ワテルマン社の「フィレアス」です。海外のサイト/メーリング・リストでも大好評の万年筆。低価格帯において最高のコスト・パフォーマンスを発揮する1本として有名です。ニブは鉄に金メッキで、同社の特徴を表わしてかなり硬めですが、実際に筆記すると滑らかな書き味が楽しめます。
「イイカンジ」という表現がこれほどぴったりくるペンはほかにないかもしれません。
もしも、初めて万年筆を買いたいけれど予算が5000円しかない、という人がいたら、これをおすすめします。標準価格6000円ですが、アメ横ではワテルマン(と言っても普通は通じないので、お店では「ウォーターマン」と言ってください)のペンは4割引。3600円で入手できます。本格的な気分を味わうために、コンヴァータ(600円→500円)とボトル・インク(各色600円→450円)も同時に購入しましょう。合計4550円、消費税込で4778円。東京以外のかたでも、通販サイトや有名万年筆専門店では割引価格にて入手可能です。
現在日本で売られているものは3色で、画像の青のほかに赤と緑があります。ニブ・ポイントの太さは細字(F)と中字(M)の2種類。個人的にはMの中字用を推薦します。手帳には太くて不向きですが手紙/ハガキにも使えるので汎用的といえます。インクはフロリダ・ブルー(フランス名=ブル・エファサブル)かブルー・ブラック(同=ブル・ノワール)がよろしいでしょう。ほかの万年筆と同様、カートリッジが1本サービスでついてきます。

長々と紹介してしまいました。
私は高級万年筆のコレクターではありませんので、一般的な万年筆愛好者のかたたちは実に取るに足らない内容、と思われるかも。でも、高級なペンに興味をお持ちなら、ほかにいくつもウェブ・サイトがありますものね。

拙文から万年筆の面白さと奥深さが少しでも伝われば幸いです。




作成者:円山幸介
メール送信先:rumbanabiso@infoseek.jp
版権所属:円山幸介/2002〜2003年
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